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3年目(その1)(2006/04/23)


「3年目(その1)」 2006/04/23
 


新学期が始まって、2度目の金曜日。
結局夜11時まで仕事をして(その前週もそうだったな)、一段落。

そう……履修登録、 今回はなかなかタイトでヘビーになったのだ。
楽になった部分のほうが大きかったので、最後まで順調にいけば
全然そんなことにはならなかっただろうが。

こちら側の人為的なミスは、次回からは防がなくてはいけない。
が、それでも 、そのミスの回収の仕方は、このうえなく勉強になった。
常に、トラブルがあったときにはその収拾について最善策を練れる
ようでなくてはいけない。
かるごはまっさらになって、事の重大ささえ実感できないでいたかも
しれない。
あるいはいつものように、どこかでトラブルを好機に変えられる
ポイントはある!みたいに漠然と信じてはいたかもしれないけど、
すぐに何をすべきかとは思いつかなかった。

その点――さすがだったな。
一服して戻ってきた隣席のTさんは、 「こうしよう!」と行動開始で
指示振り分け 。
で、とりあえずの処置をして――翌日からすべてを猛然と取り返すべく
一致協力体制。
予定通りのスケジュールに間に合い、日々の業務を消化し、 2週目が
終わったところで、ふっと気が抜けた。

そう、この2週目の金曜日は、他にもひとつ問題があったので、それも
並行処理されていた。
なんとか解決したようで一安心。
疲れ果てた身体を引きずって(そんなに肉体労働ではないのにね)、
車を運転して帰ったのだが……その帰り道から一夜あけた翌日に、
なんとなく思い返したこと、つれづれ。

「新学期始まってまだ2週間だった……」って奇妙な感じ。
これを「まだ」というか「もう」というか、普段なら迷うところだったけど、
あまりにも密度がこかったから、「まだ」という気分が抜けなかったので、
ややハイモード 。
だって、大学にいる時間のほうが長いんだもの。

そう……残業はたしかに多くて、身体は疲れたけれども、仕事をすること
自体にはなにも不満はなかったな。
自分たちのミスで起きたトラブルについては、最善の方法で対処された
とも思う。
逆に言えば、身体が疲れたとしても、そもそも自分たちでまいた種。

それでも、Tさんのほうはずっと、今春から“人並みに”同居生活になって
いたかるご家のことを気にかけてくださっていたのだね。
ひとりではさすがに処理しきれないし、一緒に担当しているものだから、
残業してくれと頼まざるを得ないので、余計気にされていたのだよね。
「毎日毎日、申し訳ないね」 ――と幾度となく言われた。
「だんな怒ってない?」とも。
それは大丈夫。
「怒ってないよ。怒る要素がない」。

これはほんとうなんである。
いや、もちろんすんごい心配はかけてしまった。
多少の不便をかけたことも自覚しているけど、それでも夫ぎみはちゃんと
わかってくれていて、しかも2度ばかりは時間調整してくれて帰り道に
大学まで寄ってくれた。

幸いにというべきなのか……なんというのか………………。
うちの夫ぎみもいわば学校法人に勤めているので、同時期が忙しい。
しかも就職したばかり。
なので、ある意味、ラッキーだったといえる。
さすがにかるごほどの残業ではないにしても、彼も帰宅が遅かったり、
教会でも所用があったり――おかげでご心配をいただくような不協和音が
起きる要素がなかった(むしろ、ばかみたいに仲良いよ……(^^;)。

――って、まぁ、そうは伝えても、「先輩」としては配慮をしないわけにも
いかないのだろうが。

そんなTさんの、第2週後半からの口癖は、 「男並みに働いてもらって」だった。
結婚している女性と仕事をする――仕事を教えている側の立場としての気遣い
だったのだろうな。
うちの職場の女性のほとんどが、ここまで残業することはほとんどなく――と
いうか、男女かかわらず、ふつうの業務は残業しなくても十分できるかも。

あ・ひとつ断っておくと、ここではこのことばが不愉快だった、とかいうことじゃなく
……つまり「男並み」とはどういうことか、などというジェンダー論みたいな
ことを話したいわけではないのだ。
もちろん、「他の女性職員ももっと残業しろ!」という主張があるわけでもない。

というわけで、Tさんのこのせりふは、かるごへの感謝と配慮の入り混じった表現
なんだとかるごは解釈している。

でも、こういうふうに気を使わせてしまうのならば、 「男だったら良かったなー」
などと思ってしまうこともあった。

第2週目の金曜日の夜は、「そもそも果たしてそんなに働いたかな?」と考えながら
帰ることになった。
あんまりがんばらなかったとか手を抜いていたとか、そういうことではない。
かるごはかるごで、まちがいなく、自分にできる最大の労働は提供できたとは
思っているのだが、実感に乏しい。
なぜ?
ミスに始まった忙しさで、自業自得と思っているからかな?
ま・どっちでもいいやな。
社交辞令であっても、感謝されればうれしいというのが、単純かるごの習い性。

――ところで、丸2年が経とうとしている中で、気づいたことがある。
そういえば異動当初は、質問されても他の職員の方に取り次いでお願いする
しかなかったことが、今は答えられるようになっていること。
学生の要望にどうこたえてあげればいいのか、なんとなく経験則ができつつ
あること。
これはなんだか、人にはどうでもいいことだろうけれど、かるごにはなんだか
「うれしいこと」だったな。

そして、またふっと思い出したエピソードひとつ。

2年前、わたしが結婚する何ヶ月か前、Tさんと蕎麦屋(やくも)に飲みに
行ったことがあった。
なんで飲みに行ったのか、あんまりよく覚えていないんだけど、でも飲みに
行った。

大学のことを話していたのだと思う。
そんなに何度も飲んでいたことがあるわけじゃないけど、飲んだときの話って、
いつもそうだったから。
いい大学にしたいという思いは同じで、そのためにできることはそれぞれ立場が
違えば違う。 でも、仲間がいれば、できることが増えてくると思う……。
そんな感覚はすごくよく似ていて、話をよくしたのだった。
「専任」として働いてまっとうな考えで大学の未来を考えておられたTさんに、
かるごは勝手に「期待」していたし、今もしている。
そのために手伝えることはなんでもやる覚悟でいたし、今もいる。
かるごもまた、大学をダメにしたくない、よりよい大学にしたいから。

この日はとても久しぶりの「飲み」だったと思う。
結婚式前だからってわけじゃなかったけど、婚約式からこっち、なんとなく
バタバタしていることがあったから。

会も後半にさしかったとき――「結婚することが残念だ」と言われた。
「いや、結婚すること自体は喜ばしいことなんだけれども、なにが残念かというと
一緒に仕事をやっていける仲間だと思っていたのに」――との弁。

「いやだなぁ、 過去形にしないでくださいよ、結婚で終わりではないですよ。
仲間でいさせてくださいよ。大丈夫ですよ〜」

そう話したら、「実際は家庭を持てば女性は大変なんだから」と言われて。

いや、それはそれで正しいのだろう。
かるごの実感がないだけで。
というのは、かるご家の生活スタイルは2年間は週末婚と決まっていたから
――「結婚してすぐになにかが変わる」とは考えていなかったのだ。

酔っ払っていたせいか、「残念だ」と繰り返され、だんだん申し訳なくなってきた。
もちろん、ありがたさもあった。
一緒に仕事をしたいと思ってもらえるのは、とてもうれしいことではないか?
どれほどの期待値なのか、根拠がなんだったのか、よくわからない――でも
それはすごくありがたいことだった。
だから、こちらは「仲間としてがんばらせてもらえるなら、がんばらせてください」
としか言いようがない。

そんな押し問答めいたことが続いたあとの極めつけは、こんな一言だった。

「なんでお前は男じゃないんだよ」


……そこまで言われてはどうすればいいのか(笑)。
結婚しなければ、もっと男並みに任せられたという意味か?(笑)

「ほかのことはがんばれるけど、性別ばかりはどうすることもできないのでね……」
そう答えながら、父にも似たようなことを言われたことがあったなと思い出す。
「お前は女に生まれて不幸だ」――と。 「男に生まれていればよかったのに」。
そういう感覚なのだろうな〜とTさんの嘆き(?)を聞きながら考えた。

「男じゃないけど、男でいいですから……」とかなんとか、そんなようなことを
言った気がする。
そして、それが自分のひとつの「がんばる原点」になった。

男並みになるぞということではなく。
また、単に仲間と期待していただいていたから、応えたいということだけでなく。

そんな期待があったなら、自分自身としてはそういう話を知るとうれしい――
うれしいから、逆にそれくらいがんばってみてもいいんではないか、という可能性を
見つけた気持ち。

そこから自分はがんばろうって決めたのだった。

よりよい大学になっていくためなら、どんなちいさなことも真剣にがんばりたい。
かかわりたい。
でも、どんなに申し訳ないと思ったとしても、性転換はしないよ。
ただ、性別を越えて仲間がいるならば、一緒にやらせてもらえるならば、もっと
もっとがんばれる――がんばりたい、と。

…………そんなことを感じていた2年前を思い出したのだった。

そして、その後、結婚式明けから教務課への異動が言い渡される。
それはおそらくTさんの引きであると思うのだが、どのポイントでかるごを
そこに置こうと認めて、上にリクエストしたのか、今も謎。。。
通達をいただいた面接時、事務局長にも、「学校で働くなら一度は教務」と
そこでの仕事の重要性を感じさせられる一言をいただき、ものすごーく
緊張したのであった。。。

そうこうして2年が過ぎたわけだ。
今、 Tさんには「俺と仕事をするのは結構キツイと思うよ。悪いね」と
ねぎらわれることがあるが、この2年でそう感じたことはない。
むしろ、仕事を教えていただけるので、一緒にできてラッキーと考えている
くらい。
もしも、 ほんとにキツイのだとしたら、かるごはかなりの鈍感ということになる。
(でも、十二分に配慮してもらっているし、ほんとうにキツイことがない)

目に見えないあらゆる小さな仕事から、学生対応についてまで。
「見せて」くれるので―― 感謝こそすれ、つらかったことはないんだよね。
ありがとうございますだなぁ、、、としみじみ。

……と、まぁ、ぽろぽろとそんな断片的な思い出にひたったので、そうだ、と。
上記のようなエピソードに簡単に触れて、お礼と決意表明めいたことをさせて
いただいた。


だから、かな?
翌日、『入社3年目までに勝負がつく77の法則』という本をいただく。
教務課に来て、3年目がスタートしようとしている今、もっともっとと考えて
期待してくださっていると受け止めてよいだろうか。
機会があればがんばってよいだろうか。

2年前を思い出しながら、そんなことを考え…………。

4月21日。
3年目がスタートした。

さぁて。 どんな1年になるだろう?


※ちなみに、「3年目(その1)」としたのは、結婚生活も3年目になるからです。また書くかもしれないじゃん?



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