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..memories7...@". かるごのおもいでのつぶやき 7 .@"...memories7..

「あのひとたちは今」

「野球場で飲むときは」

「クリスマス・プレゼント 」



「あのひとたちは今」 2001/08/13
 

ふと思い出す人、っていると思う。

小学時代にヤマトを描くのが得意だった男の子。
彼のことはよく思い出すんだよね――というのは、かるごの曖昧な記憶に残っている名前では、今どっかの雑誌で見かける漫画家さんと同じ名前だから。
まぁ、それがご本人……なんてことはないだろうけれども。

小学生当時、宇宙戦艦ヤマトは一世を風靡していたから、そりゃみんな競ってあのメカニックなモデルを真似していたものだ。こういうときずば抜けて上手な子、っていうのが必ずいるが、それが彼であった。
Sくん。
ちょっといじめっ子だったので、あんまり近寄りたくないタイプだった。席が隣になろうものなら、来るべき試練にゾッとし、毎朝びくびく席に着いたものだった。
が 、“ヤマトもの”をノートに描いたときは、必ずごきげんで、しかも得意げに見せてくれる――いろいろ説明してくれながら。 そのときだけは、とても楽しかったのを覚えている。絵が上手な人は、それがたとえ物まねであっても、すごいなぁと思っていたから。
ふだんは人の髪を引っ張ったり、意地悪ばかり言うのに、ヤマトの話だけは夢中になって、うれしそうに話してくれるそのギャップ。
今ではおかしいんだけどね。 

漫画がらみで思い出す男の子がもうひとりいる。
Tくん。
Tくんは前出のSくんと違って、とても感じのいい子だったので、かなり人気者だった。
(Sくんも人気者だったらしいのだが、かるごにはよくわからなかった)

で、 なんの漫画かというと――「ドラえもん」。
ドラえもんを見るたび Tくんを思い出すのは、初恋だからとかそういうことではないのだ。
つくづく忘れられないこのやりとりのせいである。

か:「今日遊ぼうよ」
T:「今日はだめなんだ」
か:「どうして?」
T:「今日は藤子不二雄先生と、ドラえもんを作るんだ」
か:「わたしたちも見たーい」
T:「だめだよ。これはぼくと先生の秘密なんだから。だれにも言っちゃいけないんだ、ほんとは」

――かるごは「え〜」と思いつつ信じた。
なんて純粋だったのだろうねえ!
そんなことあるわけないだろう、と言われるかもしれないが、彼の家の居間のカーテンが閉まっていると、あの裏にはきっとドラえもんが…なんて信じていた。

Tくんのまことしやかな作り話は壮大だった(その当時のかるごにとっては)。
“今日の藤子不二雄先生のスケジュール” なるものを把握している。おまけに、家には“動かないドラえもん”がいて、それを藤子不二雄先生と作りつづけているという。
将来の夢は、自分でドラえもんを作ること、だったような気がするなぁ。
彼としては嘘をつくというより、ほんとうにそれほどまでにドラえもんが好きだったのだと思う。

いつか彼は引っ越してしまったのだが、それでもなお、かるごは
「Tくんは藤子先生の近くへ行ったのだ。そしてドラえもんを作っているのだ」
などと考えていた。

実際のところは、どうしているんだろうねえ? 二人とも。


ちょうど今、新宿の伊勢丹で「大松本零士展」をやっていて、電車の窓上広告がかかっている。
中心には“宇宙戦艦ヤマト”が、どーーーん。
先日それを見つけて、それでまた、彼らのことを思い出してしまったというわけだ。
はじめはSくん、それからTくん。
なんとなく、あの年齢の男の子ってピュアな生き物なのかな、などと思ってしまったりもして。
年寄りかるごの懐古、であった。


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「野球場では」 2001/09/20
 

数年前、大学時代の友人Sと阪神を応援しに、神宮球場へよく行った。
それも、父の仕事の関係で手に入れられたボックスシートでの観戦が多かった。

そこでの楽しみは、もちろん野球観戦とおしゃべりであったが、それに欠かせないのは、
やはり「酒」であった。
我々は近くの酒屋でビールやカクテルなんざを買い込み、野球場で飲む、ということを
楽しみにしていたのであった。

でも、阪神戦だから、というわけではなく、基本的に缶/瓶の持ち込みは不可。
(たしかに、一部フーリガンのために一時期厳しくなったことがあった。入り口で紙コップに
入れ替えさせられるのである)
ウイスキーなんかとんでもなかったわけだけれども――まぁ、これは球場内で売り子が
まわっていたりもする。シングル500円なんだけどね。

野外の球場では、あのロケットを装着しているみたいな人から買う生ビールがなぜか
おいしく感じるものだが、それでもかるごはもともと炭酸は苦手なので、ビールはそんなに
ほしくない――――ので、あるとき、意を決して(おおげさ)ウイスキーを頼むことにした。
Sも頼んだ。

「シングルで?」
売り子のにーちゃんが聞く。
「え? あ、じゃあダブルはおいくらですか」
「あー、倍なんで1,000円なんですよねー」
にーちゃんが軽く頭を下げる。が、もちろん、かるごたちは度重なる球場通いの結果、
よそのおじちゃんたちが頼んでいるウイスキーの値段を耳にしていないはずがない。
ダブルにしたら倍の値段だということは知っていた。
「あー、1,000円なんだぁ……」
あえてSは残念そうに言いそえた。
「じゃ、シングルでいいや。シングル2つ」
「すんません」
にーちゃんはまた軽く頭を下げて、用意を始めた。

そしたら、なんということだろう!
明らかに濃い水割りが2つ!
「シングルでいいや、って言ったよね……」
前の列のおじちゃんたちの水割りと見比べると、明らかに違う飲み物のようだ。
「いいの? ありがとう!」
妙齢の女性ふたり、にっこりお礼を言って支払う。
「ありがとございまっす、またよろしくっす!」
とても感じのいいにーちゃんである。 いいひとだ。

これは別に、我々がとても魅力あふれる女性だったから、という理由からくるサービス
だったわけではないと思う――たぶん、かなりあわれに思われたのだろう。
「じゃあ、また5回の表くらいにきてねー♪」
こうして彼の売上に多少なりとも貢献してやったのではなかろうか?
試合の結果は覚えていないが(たぶん負けたんだろうな)、この出来事だけは覚えている。

「なるほど……」
Sはこれからこのテでいくか、とつぶやいたが、通用したのはそのシーズンの神宮球場
だけだった。でも、それでかなりご満悦だったふたりでもあった。
なんて単純にしあわせなわたしたちだったことか――と、シアトルマリナーズの地区優勝の
ニュースを見て、そんなことを思出だしてしまった今日この頃。

★余談★
その後、外野席で見るようになると、なかなか売り子がまわってこないので、自分で
ウイスキーのミニボトル(ジェムソン)を持っていき、はじめの一杯だけ金を払い、その
コップと氷を使って飲む――ということをするようになった。
今ならアイリッシュウイスキーであれば、コップさえ用意されていれば、氷もいらないが
……野球とアイリッシュウイスキーというのも、どうもなんだか違う気がする。
もっとも、ここ2年ばかし、チケットのツテもなくなり、Sも結婚・出産し、とどめ的には投手の
湯舟さまが近鉄に行ってしまい、阪神の応援には行く機会がすっかりなくなってしまった。
しかしながら、このようにこちらの状況は変わっているのに、阪神の状況が変わっていない
ということは、実に恐るべき、驚くべきことではないだろうか?

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「クリスマス・プレゼント」 2001/12/25
 

毎年、ではないけれど、うちではきょうだい4人でプレゼントおくりっこ、
というのをやっていた時期がある。
いつ頃までやっていたか、ちっとも覚えていないんだけど(例によって)。

これは、自分の不要なものであったりするんだけど、たまに日常
うらやましがられていたものを包んでみたり、とか奮発することもあった。
一番下の弟はもちろん限られた「財産」の中から贈り物を捻出する。
つまり、ひとり3つのプレゼントを手に入れることができるんだよね。
だから、なのかな?
モノがたいしたことなくても、それだけでうれしかったりする。ふだんもらってもちっとも
うれしくないのに、このときに交換すると妙にうれしいの。
何をあげたとか、何をもらってうれしかったとか、そういうのあんまり覚えていないのだけれども、
とにかく楽しかった。

クリスマス・プレゼント、って意外なものを得られる喜び、があったと思う。
準備する側は、喜んでもらえるかどうか、「賭け」みたいにドキドキしながら用意する楽しみ、
があったと思う。

今はどうなんだろう?
ほしいものありき、なのかな。そして、それが必ずかなえられるようになっているんだろうか?

きょうだいでのクリスマスプレゼント贈りっこ。
久しくしていないなぁ、って思い出したのだけれど―― 2001年はちっともクリスマス的なことを
しなくて、そんな気分にもなれなくて……というのはリフォーム騒ぎのせいなんだけど。
だから、それだけに、なんだかほんとはなにかをこっそり「おくりもの」したかったのだけれども――――
友達にもなんにも準備できなかったし、残念だけど。

さて、みなさんはどんなものを贈ったんだろう?  贈られたんだろう?

Anyway, Very Merry Christmas!!

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