August 06, 2008

志は失わないが、ついついくじけそうになってしまうこともある。

それはいつでも、何についてでも、言えることだけど。


だからたまにこうして――進化なく変わり映えなく、ではあるが――毒を吐くのである。


反省すべきところはおおいに反省し、強くならなければいけない。

常に自分が正しいわけではない――。

この言い聞かせが、どれほど役に立っているか怪しい部分もあるけれど、でも、そう
思い返して冷静さを取り戻そうとする。

何かを成し遂げるときに、そのプロセスには必ず孤独を伴う。
ほんとうは孤独などではないのだけれども、ひとりを感じる場面があるように思う。


でも、やっぱりお祈りして始めるのはいいもんだなぁ。

――そうすると、ひとりではなくなる気がする。

Posted by Karugo at 17:34 | ごろごろとーく | Comments (0)

July 25, 2008

言ったところでどうにもならんが

毎年この時期になるとただ叫ぶだけだが――

暑い!!!

そして、かるごは暑いのがキライだっ!!!!!!!

しかしそれを言ったところでどうにもならん。

ならんこともわかっているが・・・・・・・・


暑いのはキライだっっっっっっっっ!!!!!

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July 19, 2008

夏の夕方

芝刈りが、された。

さっきまで好きほうだいにのびていたネジバナもクローバーも、
すっかりきれいに消えた。

そのせいか、真っ赤なサルビアがひときわ輪郭を強くして映えているように見える。
そういう潔さもあるんだね。

そして、芝に落ちる影、葉と葉の陰りが、とても色濃くくっきり見える。
目の奥に届くおひさまの影の色。

これでも、夕方なんだよね。


Posted by Karugo at 16:34 | ごろごろとーく | Comments (0)

チーズトースト

一ヶ月もこちらをほったらかしにしてしまった。

いかんいかん。

まとめて何かをつづる気持ちが少し遅れてしまったな。


とりあえず、うつくしいものに触れたということで――写真を。
他人がこれをうつくしいと感じるかどうかはまた別だけど。

toast.jpg

こんなにうつくしく(?!)噛み切れると気持ちいい。

――

日常のどうということのないものの中に、うつくしいものはたくさん見つけられるのよね。

芝生にのびる自分の影。
好きほうだいにのびるネジバナやクローバー。
ちいさな黄色い花もひょろりとのびて、ゆらゆら暑さの中で生きている。

帰りにはまた、写真に撮ってみようかな。

Posted by Karugo at 12:42 | ごろごろとーく | Comments (0)

June 18, 2008

怒るに遅く・・・

と思いつつ。

怒っている、というのとはちょっと違うんだけど、

そう、呆れているんだ――……「役職につく責任」について、どうお考えなのか。

のぞむのぞまないとにかかわらず、やるべきことはやらなくてはいけないし、
役職による責任で果すべきことがあるだろう?
知識の有無にかかわらうず、違う役割を負っているはずだし、負うことを考えられる
はずだし――。

と、考えていたら頭が痛くなった。
なんだか落ち込む。
呆れているとは言ってみたものの、しかし怒りに近いな。

やはりヤコブの手紙の聖句を心にとめなくては。

“聞くに早く、語るに遅く、怒るに遅く”――下半期のテーマ。

Posted by Karugo at 08:02 | ごろごろとーく | Comments (0)

May 31, 2008

哀しい朝

台ふきんで机を拭きながら、哀しくなってきた。


なんでこんなに茶碗染みがあるんだろう。

なんでこんなに切りくず、消しゴムかすが残っているんだろう。

これは、今日片付けなかったら、だれが・いつきれいにするものだったんだろう。


いや、そうだ。

月曜の朝のお仕事かもしれない。

たまたま今日見つけてしまっただけかもしれないが……。

かもしれないが……。

しれないが……。


あ~~・・・・。

かるごのイケナイのは、自分ちは散らかり放題なくせに、職場の公共スペースは

散らかっていると気になる――というところだな。

いかんいかん。

May 29, 2008

カルシウム? 天気? 空気?

どのせいなのか――アタマが痛い。


この重苦しいモヤモヤ感はなんであろうか。

天気に影響を受けて滅入っているのか、換気の悪い事務室の生なのか、

それともカルシウム不足でカリカリしてしまったからなのか。

なんであろうか?

Posted by Karugo at 08:23 | ごろごろとーく | Comments (0)

May 26, 2008

反省・・・・

人と人は、向き合って話す。


その距離が近いときもあれば、限りなく離れているときもある。

声が届くこともあれば、届かないときもある。

相手の気持ちになる――ということを、最近忘れていたかもしれない。


少し突っ走りすぎたか。

かたつむり時間に戻ろう。

Posted by Karugo at 15:06 | ごろごろとーく | Comments (0)

May 10, 2008

帯の力、本屋の力

本屋で酔うというのは、どういうことだ。

とある新刊本を手に取ろうと、その帯を見ていたら気持ち悪くなってしまい、吐き気が。


残念なことに、本はおもしろそうなのに――その帯が楽しみを半減させてしまった。
そして、そんな本が多いことに気付いたら、気持ち悪くなってしまって。

帯、好きなんだけどなぁ。

デザイン性がないもの。
キャッチーじゃないもの。

いずれも、自分の好みかどうかってことに過ぎない話なのだけれど――
ちょっとがっかりするものが多くて、手にとった瞬間急激につまらない本になって
しまったように思う。

それで気持ち悪くなってしまった。

本屋で気持ち悪くなるなんてこと、めったにあるもんじゃない。
自分が今すごく低調だから、それだけによけいにうつくしいものに触れたいのに。
うつくしいことばに出会いたいのに。

食傷みたいな気持ちになりながら、ひととおり眺めてみた。
帯によって本自体の魅力が、すごくチープなものになりさがる可能性があるんだと再認識。
うーん。
申し訳ない。著者のみなさま。

でも、ことばも消費社会になっていて、良質なものもあるだろうけれど、活字である必要の
ないものもたくさん出回っている、と思わされてしまった。
ああ。
気持ち悪い。


しかしながら、「読みたい本が見つからない」――という、これは本屋のつくりの責任もある。

天井の高さ、子ども本の店頭ディスプレイは、悪くないのに――なにかが違う。
見つけやすさ、見つける楽しみが足りないんだなあ、きっと。
分かりやすくなくてもいいんだけど、お・こんなところでめっけもん、という楽しみが少ない。
きっと、読みたいと思えるものがあるだろうに――見つかるようにはできあがっていない。

ひとり、不器用そうな、でも大事にしておられるだろうと思う年のいった店員さんがいるの
だけど。
そのひとが全部をしきってくれていたらいいのになあ。

もちろん、そのひとの能力なんてなにも知らないけれど、そのひとが一冊の本を直している
様子を見てから、そう勝手に思い込んでいる。
きっと「本」という文化を大事にしているはずだって。

でも、地道に期待はしておこう。
10%引きしてもらえる学内三省堂ではなく、「ここで見つけて今すぐ買って読みたい!」と
思える本に出会える場所になってくれるように、と。


読書が、したい。
うつくしいことばを見たい。
うつくしい世界をのぞきたい。

Posted by Karugo at 18:34 | ごろごろとーく | Comments (1)