もうすぐ終わろうとしているこの日。
かるごはその当時、アイルランドはエニスという町を旅行中。
昼間はうろうろしていたため、ニュースを知ったのは夜、パブで飲んでいたときだった。
それも、あまりにも遠い話で――さっぱり実感として得られなかった。
てっきり映画のCMで、アイルランドのTVらしく(?)同じCMや番組ばかりを流して
いるのだとさえ思った。
おまけに、アイルランド人たちも「同じ映像ばかりだ」と嘆いている。
親身に事件を感じている人は、パブには集まっていなかったということなのか?
どういうことか、今でもわからないけれども。
でも、後から押し寄せてくるショック――衝撃はたしかにあったな。
じわじわじわと足元がすくわれるような、そういうスローモーションな恐怖に似たなにか。
WTCがなくなるなんて、想像つかなかった。
飛行機が多くの乗客を乗せたまま、ただ破壊のためだけの道具になるなんて、現実とは
思えなかった。
湾岸戦争を中継で見たときの、気まずさみたいな気持ちも入り混じっていて、見てはいけない
ものを見ている(傍観している)気もしてきた。
当事者たちの衝撃と傷は、はかりしれない――想像もつかない、暗い闇。
当時、アイルランドはやけにうつくしい晴れつづきだったし、充実していた時間を過ごせた。
そう。
それはそれとして、その時間の価値には変わりがないけれど、あのとき、まったくの他所事
として見ていた自分を恥じる気持ちは、ずっと残っている。
悼む思いも、年を追うごとに――大きくjなって。