自制心も必要だとはわかっているのに――そして、受け入れることが大事だと
思っているのに、どうしても不満のようなものがうずまいてしまう自分のココロ。
ここでも2行で不満をもらしてしまったけれども、MIXIでも書いてしまった。
本来、そこはノウテンキなことばかりを載せようと決めていた場所だったのに、
どうにも納得がいかず――噴火寸前のかなしみ・むなしさ・怒りのないまぜに
なった心を2行日記にしてしまった。
そのあと、なんともいえない後味の悪さを感じていたのだけれど――削除するのも
変な気がして、削除しなかった。
ここのトピックも同じくそのまま。
どんなに醜くても、やはりそれは、かるごの一部分であることに変わりがないから。
いったん明らかにしてしまったから、いまさら隠すのも姑息に思えたから。
ただ、ことばというのは、やはり良くも悪くも「力」がある……ってぐるぐる考えながら
仕事を続けることになって…………地味地味と、じわじわと反省。
自分だって同じだと、同じことをやらかしているじゃないかと、いつも言い聞かせてはいるのだが
――なにかことばを発する前に、その批判は「批判」ではなくて「醜い悪口」ではないかと、気を
つけなければと思っているのに。
どうして忘れてしまうのだろう?
ああ…………そうか。
学習能力がないのだなあ。
そしたら――MIXIのほうで、「いま祈りました」とコメントを寄せてくださったクリスチャンの友人がいて。
その瞬間、ふっと気が抜けたような感じになった。
ほんとに、ことばとしてふさわしくないかもしれないけれど、“慰められた”んだよね。
また、クリスチャンではない方もコメントをくださり、さらにカトリックのクリスチャンの友人(その方に
失礼でないならば)も祈ってくださったコメントをいただいて。
反省というだけでなく、奇妙な安堵感を得られてしまい――。
祈りの力。
ありがとう。
心新たに、明日を迎えようと帰ったゆうべ――そして、今朝もまたあらためて心新たに、と願い
賛美歌21の210番のシンプルなことばを思い返したところ。
怒りや不満を忘れることができるように、自分でも祈るよ。
ほんとうに、みなさま、ありがとう。
Posted by Karugo at September 14, 2006 08:18 AM