最近、人身事故が多い。
年末とか年度末とか、春先とか……そういう頃だったような気もするし、路線も
失礼ながら中央線が多かったと思うのだけれども。
そうでもなくなっているような?
自分が乗る電車に影響することが、この3週間で3回。
週に一度、多少なりとも「被害」をこうむっている。
まぁ、「被害」といえるほどの切羽詰った状況ではないのだが――さすがに人との
約束に間に合わないとなるとハラハラしちゃう。
それは、人身事故の影響であろうとなかろうと、そうなんだけど……そういう意味では
携帯電話やメールが普及してきているのはありがたいのかもしれない。
なんて思っていたこのごろであったのだが、今月三度目の「人身事故ニュース」で
乗るべき電車に乗れないことがわかったゆうべ――――。
巣鴨から早く帰りたいのに。
つい3分前に「全線ストップしました」とアナウンス。
改札内の精算所が、異様に混んでいると思ったら、そういうことか。
うーん。
三田線で神保町乗り換えで帰ることにしたのだが、早く帰りたい疲れのときに限って
これだ。
巣鴨のスタッフに「また人身事故。最近のわたしはなんなんでしょう」ってメール送ったら、
「ゆっくり動けってことかも」って返事がきた。
え~、ひとに言われるほどわたしは忙しくないし、生き急いでもいないのに――って思った。
まわりの人が、生き急いでいるだけなのに、って。
でも………………そう思いながら、ふっと気付いた。
そうだ。
たぶん、ほんとに「ゆっくり動け」っていうメッセージなのだ。
そもそも、かたつむり人生ではないか。
それなのに、最近はどうだろう?
いや、大きな目で見たらやっぱりかたつむり人生ではある。
でも…………そういえば、ゆとりがなくなっていて、かたつむりペースを
崩しているのかも、と思い当たった。
というのは、いままでは電車は遠回りでも苦にならなかったし、むしろ
そういう遠回りになった時間を楽しんでいたんだよね。
今も、特急よりは各駅停車のほうが好きだし、座ってのんびり本を読む時間を
確保するために、1本早い電車に乗ることを心がけてはいる。
が、しかし。
時間のために、特急で移動することも多くなったし、できるだけ早く移動するためには
と考えることも多くなった。
どちらも無駄ではない。
が、どちらがかるごらしいかというと、やっぱり前者なんだよね。
自分の時間を確保できるゆとりをつくって乗るほう。
なのに、なんかセカセカしていないか?最近のわたし?
早回しにしたところで、なにかあとにゆとりを生み出せているかというと、そうでもない。
早くやってもそれだけ先にどんどんつまってくるので、生み出すはずのゆとりは
ほんとうに最後の最後になっている。
最後の最後になるゆとりは、心を解き放つだけではなく疲労を解き放つので、結局は
心が戻ってこない「休息」で終わってしまう………………。
あぁ、そういう意味ではほんとうに、「ゆっくり動け」なんだ。
時間を味わえ。
楽しめ。
最近は少なかったね。
いもーとちゃん(Nardyさん)に、
「最近は人のためばかりで、自分自身を大事にする
時間が足りなさそうに見えるけど、すらいむ以外にリラックス
することはできているかいのぅ? 」
とメッセージをもらったのだが――――たしかにね。
わたしらしさの回復は、やっぱり遅れているのだろう。
ちょっと前に、夫ぎみにも言われた。
「ちょっとは充電するんだけど、その倍以上消耗しているから、
結果的にリフレッシュしていない」
言われたときはあんまりピンとこなかった。実感がなかった。
でも。
そういうことなんだと思う。
夫ぎみにもNardyさんにも、巣鴨のスタッフにも、ありがとう。
ひとつひとつのメッセージが、つながってきたのだね。
昨日の山手線の人身事故のおかげで、あらためて近頃の自分が「省いているもの」に
はっきり気付かされて――自分が大事にしてきたものを、再確認。
かるごはやっぱり、「ゆっくりだけど歩いている」人生でありたい。
ちょっと息をつこう。