2年前、父が武蔵大学で講義したときのエッセンスDVDを観た。
10分と5分にの2種類に編集されていて、全体を収録したものではなかったが、
でもきっと上手にまとめてくださったのだろう。
テロップがつけられていたポイントには、奇妙にしっくり共感できることがあった。
親子なんだから、当たり前なのか?と思いながら観る。
直接こうだということを教えられてきたわけでも、見習ってきたわけでもないような
気がするのに、同じ信念が伝わっているんだろうか。
しかもことばの使い方なども同じよう、などと思うのは、やはりなにかしらの形で
教えられてきたということなのかも。
おもしろいな~。
驚きというよりは、おもしろさ。
ふと思い出す。
ニュースを見ながらの父の意見の中には、「乱暴な言い方だなぁ~」と感じたときも
あったけれど、率直なところ自分にもことばが違うだけで同じ意見があったりして――
父は正直なだけなんだなぁと実感することが幾度となくあった。
たぶん似ているんだろうなぁ、感覚が。
父ほどきっちり理詰めな人間でもないわたしだが、腑に落とすまでの「思考作業」は
なんだか似ている。
言い聞かせて、まとめて、腑に落とそうと努力する(つまり落ちていないときもある)。
共感できる部分は多く。
人との関係を述べるに至っては、自分のルーツを見た!って感じだった――いや、これは
過去形ではなく、現在進行形だが。
いろんな方から聞く父の交友関係の持ち方、あり方、過ごし方……決して同じではないが、
なんとなく、どことなく通じるものがあるような。
人を信頼したい人、であったと思う。
信頼すべき人を求め、相手にとって信頼される人でありたい、と願ってきて、その通りに
なってきた、とも。
そりの合わない人ももちろんいるだろうけど、しっかりとした結びつきを得られる人と
多く出会ってきただろう。
――ということを、「知っている」ような気がした。
そうだったよな~。
だから。
やったじゃん。
よかったじゃん。
そうだったじゃん。
――って思った。
顔を合わせていたときに、言ってあげたかったけども、でも、自分が
一番わかっていただろうから。
いや。
まったく。
ホント、われわれの親はまさしく、あの「父」であったね。
※書いてあったのは、この日付どおりなんだけど――なかなか公開ボタンを
押す気になれなかった……。
いまさら半月以上も経ってからの公開です。