
夜は撮るのを忘れたので、翌日の午後に撮ってみた入り口。
ホテルニューハコダテ(B&Bホテルだそうだ)の1Fにあるの。外から入れます。
店舗のサイズとしては、こぢんまりだけど――雰囲気がそれなりにできていたな~。
若いスタッフがカウンター内にいて、サーブしてくれる。
フードメニューはちょっと年齢高めの女性だったけれど、感じのよい方だった。
ギネスにはちゃんとシャムロックが描かれていた。
残念ながら、肝心かなめのパブフード、フィッシュアンドチップス――は、ポイントが下がる。
コロモのつくりは悪くなかったけれど、おさかなの下ごしらえがちょっと足りなかったのかな?
生臭いというか泥臭いというか、砂っけが抜けてなくて。
わたしたちのディッシュだけだったのかもしれないけれど、ポテトもちょっと揚がりすぎかな~。
油が終わりに近かったのかな~。
ちょっと黒かったね~。(写真はあかりが足りないから仕方ないけどね)


しかし!
シェパーズパイは(上手く撮れなかったが)、おいしかった~♪
えっと。
アイリッシュウイスキーの品揃えは残念。
まぁ……土地柄もあるだろうし、そもそもウイスキーは流行らないのだろうね。
ジェムソンとタラモアデューだけというのは、ちとサビシイもの。
ただ、グラスはちょっとおしゃれだったし、表面張力ショットなので、サービスはよいよい♪

かるごがいった日の、バー内のスタッフの中にはアイルランドふりーくはいなかったっぽいな。
「スロンチャ」ということばを教えて帰ってきた。。。
でも、アイルランド島の描かれたスタッフIDカードやTシャツはちょっといい感じであったよ。
統一感はあって、なかなか。
パブとしての総合点はまぁまぁですが(かるご的には)、でも、函館でもかるごの「居場所」があるような
気がしてうれしいな~~。
やっぱり!!かるごを中心に世界はまわっているのではなかろうか?
うふふ♪


函館。
函館山。
海。
空気が澄み渡ると、こんな感じなのだな。
ちなみに、ホテルショコラ函館からの眺めです。
「あなたができること、あるいは夢見られることはなんでも始めよ。
毎日を生きよ。あなたの人生が始まった時のように。」
byゲーテ
そうだよな~~。
わたしの人生はいつでもはじめられる。
昨日はやっぱりイライラしていたなと反省。
学生にあたって――というほどでもなかったが、愛が足りなかったなと振り返った。
新しい気持ち。
聖書にもあるじゃないか、日々新たにされ……って。
また明日から、うつくしく生きよう。
あっ、ココロだよ、ココロ。ココロうつくしく、だよ。
人生楽しく、うつくしく♪
朝ごはんを食べそこねてしまった。
寝坊したわけでもない。
弁当作りに夢中だったわけでもない。
なのに。
なぜ??????
……そういうわけで、今は非常に口さびしい状態になっている。
とはいえ、どうやら食欲はあんまりないらしい。
おなかは減っているが、食べる気持ちが盛り上がらない――。
うーん。。。
早く昼ごはんにならないかなー。
そしたら、無駄な間食はしないですむのだが。
「人間は金銭を相手に暮らすのではない。
人間の相手はつねに人間だ。」byプーシキン
そうだといいんだけど、プーシキン。
金銭でも人間でもない、強いていえば、「無駄金的存在」を
相手にするときはどうしたらいいのでしょう?
不思議の世界。

なんとなくふっくら、やさしくあたたかい感じがする。
思わず、口元もほころぶような。
24時間だなんて、嘘みたいだ。
いや、それもそうだ。
24時間のうちは、非活動時間なんだから。
とはいえ、起きている時間がどんなに長くても、
24時間だという実感はないな。
そりゃぁそうか。
一日は果たしてどこからがスタートしているというのは、
実はあんまり明確じゃないんだもんな。
1日24時間以上あったらいいのに、と思ったことはない。
だって、何時間あっても、足りないときは足りないし……。
そもそも1日24時間と決まっているのも、変な話だ。
1日が48時間だと決まっていたならば、わたしたちはどういう生活サイクルを
とるのだろうね?
やっぱり1日48時間じゃ足りない、なんていうこともあるんじゃないのかな?
時間に縛られて生きているようで、実はそうじゃないのかもしれない。
……最近、時計をしなくなった。
だからといって、時間に縛られていないというわけじゃない。
重くて(疲れているらしい)――ただそれだけなんだ。
そんなもんだよね。
と、愚にもつかぬトークでした。
少しだけ、涼しくなったよ。
雷が鳴って、雨がさぁぁぁっと降ってきて。
まだ続いている、銀の糸のようなまっすぐな雨――中庭の三日月花壇のサルビアと、
芝生のコントラストがうつくしい。
くもった空の下では、やや劣るものの、それでも。
少しだけ、うるおうね。
「ものぐさは錆びと同じ。
労働よりもかえって消耗を早める。
一方使っている鍵はいつも光っている。」
byフランクリン
銀製品もそうなんだよね。
使っていると、くもらない。
ものぐさかるごまるだけど、錆びないようにしよう。
労働は必ずしも錆びるものばかりじゃないんだよね。
ココロが錆びないような環境であるとは、限らないけれど。
くたびれないようにしよう。
自動証明書発行機を導入して、ものすごーく喜ぶわけでもなく、でも便利に使っている――
という学生のほうがほとんど。
でも、そういう中で、とくに1年生なんかは、おおきく感動してくれるコもいるので、なんか
うれしくなっちゃうのだった。
今日の子は、「機械で出るなんてすごーい」で始まり、実際にキー・カシャンと用紙が排出
されてきたのを見て、さらに「わ・すごーーーーい!」。
そのおおげさではないけど、おおきな感動のしかたにほほえんじゃいました。
事務室を去り際、「どうもありがとうございましたあ!」と元気な挨拶のほか、最後に
「さようならぁ~~」って言ってくれたの。
思わずケラケラって声立てて笑ってしまったよ。
いいね。
なんか明るい気持ちになれたし――まぁ、そこまで喜んでもらえることがなくても、
それでも、なんだかうれしいもの。
ささやかな喜びであったことよ。
今日の格言はですね・・・・(聖書を読みなさいよ、って?)
「友人はメロンに似ている。
50個も試さなければ、いいのにめぐり合わない。」
byクロード・メルメ
……かわいそうに。
クロードは苦労したんだねえ。。。。※
※別にダジャレのつもりはないんだが、「苦労人」と書いて「くろうど」と読む
って感じか?などと、ひとり思いついて笑ってしまった。ささやかな笑いだ。
でも・・・・・
「人間にもっとも多くの災いをもたらすのは人間である。」
byプルニウス
こんなことを言っているひともいるくらいだからね・・・・たしかに50人くらいハズレが
あるものなのかも。
かるごまる、だれにとっても美味なメロンであろうとは思わないが、災いを与えるメロンには
なりたくないね!!
今日は職場とはまったく関係のないことでアタマにきて、怒りというよりは
なんとなく「悲しみ」の渦となってしまい、うろうろココロのなかにたまって――。
それが、どうでもいい人たちの横暴(それはそれで不愉快でしたが)に対するイライラを
はるかに超えたものになってしまった。
だれも人は軽んじられてはいけないと思うのだけれども、そんなことばかりが見えるこのごろ。
その中でも「笑い」はある――生み出せる。
そういった「笑い」で救われるところもある。
でも、「笑い」のおきない、生み出せない場合も多々あるのだということを、一日の最後のひとときに
知らされた。
一通の痛々しいメール。
どうか、神さまが足りない分の「愛」をあふれるまで注いでくださいますように――――。
思わず、ココロから祈ってしまう。
ほんとうに。
悲しい。
人は、同じ人を軽んじてはいけないね。
こんなにも、悲しい。
どうしても納得がいかない。
かるごに対する話ではないんだけど、呆れ果てて怒り果てて――って感じ。
日曜日も、それでずっと気持ちよくすごせなかった。
正しいことと正しくないこと。
個人の問題じゃない。組織の問題なのに。
腐ってるんじゃないの?
完璧に。
ながーーーい竹をナタで2つに割って、節取り。

ひたすら、節取り。
カッターでやる派と、ノミでやる派に分かれてみた。

しかし、とりたての竹って、ホントいい香り。。。。

割ったもう片方は、節ごとに切って「器」に使うことにした。
風流~~?

てなわけで、こーーーんな感じで流してみました♪
楽しく、しかしひたすら食べたよ。
ね。
今日知りました。
「おやぢさま」は、電車で雑誌を持たないと手持ち無沙汰と感じる――
あーんど、「おやぢさま」同士では、ときどき互いの雑誌を交換し合う。
一度の支払いで二倍楽しむ術をご存知なわけですな。
ホホウ。
おやぢさま。
まだまだ、単なる男前のかるごまるでございます。未熟者@″
格言集にはまって、毎日ブラウジングしまくっているかるごであった。
だってだって、自分で体得する「真理」以上に、過去からの声も伺ってみたい。
というわけで、今日はこれで乗り切るのだ。
「悪党とつきあうのもいいものだ。自分の良さが分かる。」
by映画『インカ帝国の秘宝』
別に、ものすごい悪党とつきあっているわけじゃないのだが。
ほんとうは――ココロ持ち直して、汚いもの・醜いものには近寄らないように、
いやむしろ、うつくしいものに触れよう、すてきなものを探そう、見ようと今週を
スタートしたのに、やっぱり自らを汚染してしまいました。
これでもワタクシも近頃の自分を反省しています。
心の豊かさはすなわちゆとり。。
時間的にも、ココロのお部屋にも十分なスペースがないとね。
つくらないとね。
ちらかりっぱなしはよくない。
しみじみ。
最寄駅の駅舎の屋根にあたる雨の音を聴いて、
そうそう、これだよ、これ、って思ってしまった。
この音が、雨天の楽しみ。
集合住宅だと、屋根にあたる雨の音を楽しむことはないので――
路面や植込みに降る音だけだから。
屋根の下にいて、パタパタパタと音を楽しむこと……なんて雨の日らしい。
まっすぐな雨だから、なんだよね。
なにしろ、「不可能」が辞書にない人。言うことはちがう。
「状況?何が状況だ。俺が状況をつくるのだ。」 byナポレオン
今日はこのことばがしみじみ。
やらなきゃね、まずは「自分」から。
いつでも、なんでも。