夫ぎみ、今日は死ぬ前になにを食べたいか、考えたそうな。
夕食時にその経緯を聞いた。
かるごはと聞かれて、「母のたまごやき」とこたえた。
食べたいものはたくさんあるだろうが、たぶん、最後の最後に食べたいのは、
母のたまごやきである。
やくものたまごやきも好きだし、自分で作るのも好き。
人様が心をこめてつくってくれたものなら、たまごやきはすべておいしい。
たとえ甘くてもなんでも。
でも、人生最後のたまごやきは母の焼いたもの。
それは、きっと順当な寿命計算から言えば、おそらくありえないことなんだけども。
昔から、好きな食べ物はと聞かれると、「かために炊いたしろいごはんときんぴらごぼう
とたまごやき」。
このうち一つをといわれたら、やっぱりたまごやきなんだよな~。
うん。
かるご母のたまごやきは、甘くはないので、必然的にかるごもそれを踏襲している。
いろんな具材を入れるから、同じ味にはならないような気もするが……でも「母の味」
という芯はしっかりあるのだ。
これを、わたしも受け継いでいるのかどうか、謎だけど…………それでも、母の焼いた
たまごやきに、奇妙な愛着がある。
だから、最後はそれで。
ちなみに、夫ぎみは江古田「おしどり」という店のモツ煮だそうだ。
かるごもいつか行くことがあるかなぁ?
地味にちゃんと人生が進んでおるなぁと実感しているこの頃。
朝、出かける前に、アメリカ赴任中のおののとメッセンジャーでチャットして……
ちょっと腑に落ちて心地よい時間を得られた。
あらためて「恵み」(クリスチャン用語だが)を実感したというわけ。
カリカリしていた半月ほどの信仰生活の中にも、聖書から恵まれたことなどが
あったんだけれど、それもこれも、やはり身近に祈ってくれる人がいるからなんだなぁと。
それは気恥ずかしい部分もあるけれど、夫ぎみなんだけど――のろけとかそういうの
ではなくて。
人は人につまずくけど、神さまはまた別の人を用意して進む助けにしてくださっている。
そんなことにあらためて気づかされた。
それから、地味に「動」だよ、と報告したんだけど――そう、そうなのだ。
今年のテーマは「再生」。
自分のやりたいことをやる・実現する、ということを地味地味とすすめている今年。
地味に、というのは……これまでやっていた仕事ではないものを担当することになって、
これでも緊張してやっているもんだから、平日はココロもわりと追われているからゆとりが
足りなくて――(慣れるまでのことだけど)。
ふっと空き時間、ふっと休日に思いついてそして動くという感じになっているので。
不思議なことに、昨年までの自分ならそういうことにどこか焦り――インスピレーションとか
自分のクリエイティブな部分がつぶされてしまいそうな・ダメになってしまいそうな怖れ、
というべきものがあったと思う。
でも、今年はない。
それでダメになるくらいならホンモノじゃない――というのは、変わらない意識だけど、
それさえもプレッシャーだった去年までの自分ではない。
そう。
アイルランドにあの時期行けたから、すごくすっきりしたのだろう。
基本に戻れて、心のありかを確認できて、新しい力を得る。
これはほんとうに、誘ってくれたNardyさんに感謝!
そして、そういうことをとっても、人を用いて最上の結果をもたらしてくださる神さまの
存在を今日になってあらためて思わされる。
経堂から多摩に向かう途中に、本の森からメールが届いていることを知った。
また自分勝手な希望と夢の実現にすぎない、けれども、また一歩踏み出すチャンスが
できた。
めざましさや華々しさはない。
けれども、心がこんなに落ち着いて、夢を見据えることができている喜び。
平日の仕事は平日の仕事として、楽しみと目標をもって取り組もうと思えている喜び。
地味ではあるけど、動いている。
そう!
まさしく、「かたつむり ゆっくりだけど歩いてる」。
そのとおりに生きていくよ、今日も、また。
日曜から日曜までの時間は、いつもと変わらない。
24時間×7日間。
しかし!
今週はとても長く感じたな。
それも、イヤな意味ではなくて、とてもシアワセな意味で。
人に会いにでかけたわけじゃないし、なにかイベントに参加したわけ
でもない。
でも、出かけなかったわけじゃないし、人と会わなかったわけでもない。
スケジュール帳に記していないことをした。
自由に、過ごした。
だから――予定がいろいろに詰め込まれた充実ではなくて、なにもなくても
よいという時間的充実だった気がする。
あいまに仕事にも出たけれど、ちゃんと「休んだ」休日だった、といえるかも。
これまで、いわゆるゴールデンウィークを心待ちにしたことがなかったし、たぶん
これからもないだろうと思うけど――いつかそんな意識も変わるかもしれないが――
でも、ちゃんと休める「休日」はいつの季節であれ必要だなぁとはつくづく感じる。
アイルランドに行ったことが精神的にも時間的にもリフレッシュの極みであったと
考えていたが……旅に出なくても休養が得られることもあるのだなぁ。
ま・場所はともかく、要するに、「日常」とか「現実」にしばられない――干渉されない
時間が過ごせればいいのだ!
などと、いまさらながらに、「休日」を考えるゆうべだった……。
賞味期限には、うるさくない。
なので、ふだんは気にしない。
が、こういうときは別である。
4箱セットで買ったもののうち、3箱は2008・11・14、1箱は2008・10・26の賞味期限……。
まだ1年先のものだから、古いとかそういうことではない。
ただ、気になるだけだ。
1箱だけ、なぜちがうのがまざっているのか。
悩んでしまうからやめてほしい……。
つまり「どっちを先に消費すべきか」――という悩みが出てくるので。
新しいもの(というのも抵抗がある)消費するなら11月14日、古いもの(というのにも
抵抗がある)から先に消費するなら10月26日のほうを、となるいのだが……。
11月14日と10月26日の、半月ほどの差は、消費する順序によっては
「鮮度は同じ」ということになるのか??
どういうわけだか、10月26日のほうから開けることにも、11月14日のほうから開けること
にも、迷いとためらいが生じてしまうのである。
ああ。
こういうときこそ、賞味期限なんてものはほんとうにわずらわしい、と感じてしまう。
…………え?
わたしだけ???