なんとも――こわいような、しずかな夢を見た。
広いまっすぐな道路を、まっすぐまっすぐ進んでいる。
隣にだれがいたのか、車に乗ってのことだったのか、わからないのだけれど。
このまっすぐな道路を、いつか右折するときがくる。
それが、わたしの命の終わるとき。
命を終えるために、右折をするんだ――って。
なんでそんな夢を見たんだろう?
ってフレーズは、好きになれない。。。
「地球にやさしい」「環境にやさしい」……etc
コンセプトには反対しないが、「やさしい」違いじゃないか?
そもそも、人間の側が手加減できるレベルのことじゃないのに、
主導権を握ってコントロールできるかのように「やさしさ実行」を訴えるなんてヘンだ。
逆に、「人にやさしい○○」ってフレーズでも同じ。
無生物に対して、人間への“配慮”をどこまで要求しちゃうんだろ。
「やさしさ」は、人 対 人 に使おうよ。
――なんか今朝起き抜けに、突然釈然としない思いにとらわれてしまった。
ん~~~~~~。
たまには焦るべきか?とも思う。
最近、あまり焦りもない。
怠惰というのとはちょっと違うけれども、何もしていない気がする。
ようやくのろのろと始動しているとはいえ、それでもトータルで
いけば今はまだやや停滞気味である。
やらなきゃと思うやりかけのことがある――そしてそれは夢の実現
のはず、にもかかわらず、なんとなくすっきりてきぱき動けないでいる。
「なんでだろう」――って疑問もない。「なんでか」わかってるから。
時間がないわけでもない。
いや、ある意味「ない」のかもしれないけど、そこからクリエイティブな時間を
ひねり出すのは得意なはずなのに。
そうしていない。
今朝、ユリノキの幹からちいさな「枝の元」が生えているのを見つけた。
写真を撮る。
こういうひととき、ひとこまが自分には必要だということを、思い出す。
養われる瞬間。
養われる時間。
それに満たされて生きる毎日。
おいおい、かたつむり。しっかりせぇよ、と暑い空に向かって思う昼下がり……。
