September 26, 2007

習い性

連鎖というのか、影響というのか――単純にいえば、「習い性」なんだろう。

人はしてもらったことをするように、

されたことをするように、

する。


それは、案外無意識のうちに――徐々に徐々に、そうなっていくようだね。

話を聞いてもらえた人は聞ける人に、聞いてもらえない人は、聞けない人に――というふうに。
自分は大丈夫かな?

人の話を聞ける人でありたい。

そんなひとこまから、ふと実感したことだった。

Posted by Karugo at 08:12 AM | Comments (0)

September 02, 2007

「ありがとう」のチャンス

自分の心がむなしく割れてしまいそうになるときでさえ、 ちゃんと注がれるものがある。
分かれ分かれになりそうだったココロが、すんでのところでつなぎとめられることがある。
どんなギリギリで最後かと思いこんだ瞬間に、勇気づけられることもある。

今日はたくさん、「ありがとう」をもらった。
それは背景のある、配慮のある「ありがとう」だと感じたのだけれど――心がない儀礼的な、
という意味ではなく―― いやいや、わたしのほうが「ありがとう」だった。

「ありがとう」にこめられる思いは、伝わる。
自然と。


心の弱さ、小ささ。身勝手な自己中心的な思い。傲慢。

気づかされて嫌悪感に苛まれ、悪循環に陥りそうな危険性を感じていた今日、
なおそのときにあらたな喜びに気づかされ、促され前に向き直れるチャンスがあると
教えられた。

不思議。


それこそまさに、わたしは一人で生きているのではないことの証明なのだろうな。


ほんとうに、ありがとう。
「ありがとう」をもらうことで、もらったチャンス。

自分から変わっていこう。

Posted by Karugo at 10:38 PM | Comments (0)