1年前の上司の仕事なんて、覚えていないけど――(^^;
でも、毎年、それを追わせるように任せられようとしていることは、わかる。
それに追いついていっているかというと微妙だけど。
だれかと仕事をするということは、自分の適性を知るチャンスでもあり、試される苦痛もある。
期待されることを知らされるし、ストレートに言い合う機会が得られていることは、
いいのだろう。
それでも、まだまだうまくできないところもたくさんある。
頭でわかっていて、行動できていないこと。
これが、自分にとっての一番の課題かも。
「一応の社会人」らしくなってきたのが人より遅いからか、今になってようやく、
そういうことで父と話ができたらいいなと思うことがある。
ちょっと遅かったね、かるごの成長が。
そうそう。
脇へそれるけど、父の死には「乗り越えられない」という痛みや悲しみはなかった――
というと、薄情にきこえるかもしれない。
ただ、悲しくなかったわけではないし、抱え続ける痛みはある。
それ以上に――以前にどこかで書いたと思うのだが――命を思うこと、生きること、与えられた人生
について考えさせられたことで、消化できている「喪失感」である、ということなのだ。
というわけで、今父のことを思うのは、仕事をして生きていくという側面で、話せるチャンスが
あったらよかったな、とふと思う年度末であった。
期待されて次に進むこと。
なにができるのか。
どうしたらいいのか。
自分はもっともっとがんばれるのか。
成長させてもらったように、だれかを成長させることができるのだろうか。
もちろん!
かるごは仕事一徹ではなくて、趣味の時間というか自分の時間の大切さ、大きさ、必要性も
はっきりしている。
多少時間に制約ができても、あきらめたり捨てるつもりは一切ない。
わたしらしく、かるごらしく生きる時間は、きちんともっていく。
これは、以前よりももっと明確に必要性を感じている。
それも、逃避的役割ではなくて、バランスとして。
両側にあって、バランスを保つために、どちらかがおろそかになってもいけない。
かるごにならない、ということを、つくづく思う。
なにも捨てない――けど、それは固執して変わらないというのではない、ということを実感して、
新年度に対して戦々兢々とした気持ちを抱いている3月最後の週末であったりする。
かるごバージョンアップ計画は、続くのである。
てなわけで、最後に叫んでおこうっと。
「6月に、アイルランドいきたーーーーーい!!」
ブッシュミルズ400年記念!!!!!!!!!
たまに、打てるんだな、わたしにも。
やった♪
だって。
だって。
だって。
他の企業と比べて大変じゃない、なんて言えないもんね――比べる対象が違うから。
よその大学と比べてそう言うならわかる。
だからといって、大変だと言いたいわけじゃない(違う意味で大変な状況だと思うけど)。
言いたかったのは、大変でないことを大変だと言うことや、自分だけが大変だと吹聴すること、
あるいは他企業と比べて大変だと言うことは不正確、不適切だってこと!
大変なんて、自分の感じ方次第だもんね。
母が分骨して家に少し置いておきたいと言ったとき、わたしは母がしたいならそうすればいい、
と思ったので、反対はしなかった。
個人的には――骨にはもう何もないと感じていたのだけれど。
実際、雑貨屋で「いいのを見つけたの」といって買ってきた壷に少し移そうとして
骨壷を開けて中を見たとき――
「あぁ、やっぱりこれは抜け殻なんだ」
と思った。
人から見れば薄情といわれるかもしれないけど、
「ここのどこにも、お父さんはいないなぁ」。
火葬後の骨を見たときに、自分たちの手の届かないところにいったことを実感したのは、
間違いじゃない――と。
とくに、あのときには説明がなかった差し歯を見つけたときに。
人工のものは、残る。
いずれは朽ちて消えるのかもしれないけれども、本来の、人であるために構成されているものは、
やはり塵に帰るんだなぁ、って。
骨壷に意味がないとは思わない。
でも、そこにはいのちはもちろん、魂はなくて。
ただ『跡形』があるのだ、と思う。
骨を見てわたしもいつか、このようになる――と思ったら、ここに執着されることなく、
土に返してもらえばいい、と思った。
散骨は、もういいや。
……そのむかーし。
付き合う前の夫ぎみに、「わたしが死んだら、散骨係になってくれ」と頼んだことがあったが――
それはもはや不要の役割になった。
この世での命を終えたら、わたしはどのように葬られてもかまわない、って思う。
だから、大丈夫。
父は死んでなお、いろんなことを考えるチャンスをくれるなぁ。
大きなことも、小さなことも。
人が生きた証しは、そういうところにも、あるんだ。
今日は納骨式。
生きていれば、父の70回目のお誕生日のこの日に、お墓におさめた。
Work Hard! Play Hard!の銘を刻んだお墓に。
おとうさん、ほんとに、ありがとう。