教育実習前の簡単なガイダンスのあった昼休み。
終了後、教室にいた教職課程の学生のひとりに突然呼び止められた。
帰ろうとしていたときだったので、なに?と立ち止まって振り返ると、
「ほんとに、いつもいろいろお世話になってます。ありがとうございます!」
と。
びっくり!
まわりもあまりの唐突さに、笑いどよめく。
とりあえず「いえいえ、どういたしまして」と答えたあとで、「どうしたの、突然」と聞いたら、
「いや、姿を見ていたら突然言いたくなりました」という答え。
その意味のわからなさ(?)に、また笑いが起きる――嘲笑ではなくて。
思わずほころんでしまう。
なんだかこういうのは、ほっとするようなうれしさがあるね。
かるごも笑顔で、「ありがとう」と言って教室を出た。
この、なんてことない――具体的ななにか一つのことに対するお礼ではない「ありがとう」
の威力。
うれしいエネルギーを生み出す、不思議なひとこと。
だれからの評価よりも、なによりもうれしい。
それに、いい学生たちがたくさんいる、ということもあらためて感じられて、うれしいのだと思う。
心の伝わる一言を、言うべきときにきちんと言える……ごくあたりまえのことのようだけど、
実感できることはとてもうれしい。
ありがとう!!!
地味にちゃんと人生が進んでおるなぁと実感しているこの頃。
朝、出かける前に、アメリカ赴任中のおののとメッセンジャーでチャットして……
ちょっと腑に落ちて心地よい時間を得られた。
あらためて「恵み」(クリスチャン用語だが)を実感したというわけ。
カリカリしていた半月ほどの信仰生活の中にも、聖書から恵まれたことなどが
あったんだけれど、それもこれも、やはり身近に祈ってくれる人がいるからなんだなぁと。
それは気恥ずかしい部分もあるけれど、夫ぎみなんだけど――のろけとかそういうの
ではなくて。
人は人につまずくけど、神さまはまた別の人を用意して進む助けにしてくださっている。
そんなことにあらためて気づかされた。
それから、地味に「動」だよ、と報告したんだけど――そう、そうなのだ。
今年のテーマは「再生」。
自分のやりたいことをやる・実現する、ということを地味地味とすすめている今年。
地味に、というのは……これまでやっていた仕事ではないものを担当することになって、
これでも緊張してやっているもんだから、平日はココロもわりと追われているからゆとりが
足りなくて――(慣れるまでのことだけど)。
ふっと空き時間、ふっと休日に思いついてそして動くという感じになっているので。
不思議なことに、昨年までの自分ならそういうことにどこか焦り――インスピレーションとか
自分のクリエイティブな部分がつぶされてしまいそうな・ダメになってしまいそうな怖れ、
というべきものがあったと思う。
でも、今年はない。
それでダメになるくらいならホンモノじゃない――というのは、変わらない意識だけど、
それさえもプレッシャーだった去年までの自分ではない。
そう。
アイルランドにあの時期行けたから、すごくすっきりしたのだろう。
基本に戻れて、心のありかを確認できて、新しい力を得る。
これはほんとうに、誘ってくれたNardyさんに感謝!
そして、そういうことをとっても、人を用いて最上の結果をもたらしてくださる神さまの
存在を今日になってあらためて思わされる。
経堂から多摩に向かう途中に、本の森からメールが届いていることを知った。
また自分勝手な希望と夢の実現にすぎない、けれども、また一歩踏み出すチャンスが
できた。
めざましさや華々しさはない。
けれども、心がこんなに落ち着いて、夢を見据えることができている喜び。
平日の仕事は平日の仕事として、楽しみと目標をもって取り組もうと思えている喜び。
地味ではあるけど、動いている。
そう!
まさしく、「かたつむり ゆっくりだけど歩いてる」。
そのとおりに生きていくよ、今日も、また。
日曜から日曜までの時間は、いつもと変わらない。
24時間×7日間。
しかし!
今週はとても長く感じたな。
それも、イヤな意味ではなくて、とてもシアワセな意味で。
人に会いにでかけたわけじゃないし、なにかイベントに参加したわけ
でもない。
でも、出かけなかったわけじゃないし、人と会わなかったわけでもない。
スケジュール帳に記していないことをした。
自由に、過ごした。
だから――予定がいろいろに詰め込まれた充実ではなくて、なにもなくても
よいという時間的充実だった気がする。
あいまに仕事にも出たけれど、ちゃんと「休んだ」休日だった、といえるかも。
これまで、いわゆるゴールデンウィークを心待ちにしたことがなかったし、たぶん
これからもないだろうと思うけど――いつかそんな意識も変わるかもしれないが――
でも、ちゃんと休める「休日」はいつの季節であれ必要だなぁとはつくづく感じる。
アイルランドに行ったことが精神的にも時間的にもリフレッシュの極みであったと
考えていたが……旅に出なくても休養が得られることもあるのだなぁ。
ま・場所はともかく、要するに、「日常」とか「現実」にしばられない――干渉されない
時間が過ごせればいいのだ!
などと、いまさらながらに、「休日」を考えるゆうべだった……。
午前中2時間ばかり、出張でした。
なかなかよそで飲むお茶でおいしいと思えることがないのだけど――今日の出張先でいただいた
お茶はすてきにおいしかった。
緑茶も紅茶も。
さわやかな苦味ある緑茶。
すっきり味わえる紅茶。
どちらもふっくら包まれた味わい、ほどよい渋み。
んー♪
心ばえの感じられるおいしいお茶だったのです。
ごちそうさまでした♪
出張先、というのは、介護等体験の実習先としてお世話になっている、キリスト教主義の施設
でした。
お迎えの仕方からいただくご挨拶ひとつひとつ……お掃除のゆきとどいた様子も気持ちよくて。
きたる新年度もお世話になります、どうぞよろしくお願いいたします――と心から深くお願い
申し上げる次第でした。
学生の作品集をいただいた。
ある授業での作品集――担当の先生から。
うん。
こういうのって、いいな~~。
うずうずします。
とても、うれしい。
すてきな刺激だ。
ありがとうございます。
先日ヘルパーで行ったブラウニーのキャンプ。
かるごは1日目の夜中に到着して、それからの参加だったのだけれど――
2日目のメインプログラム『沢登り』のために行ったようなもの。
人手が必要だったからね。
沢登りって、やったことある?
まぁ、場所によってはハードだよね。
かるごは、それこそもはや戦力になるわけではないけれど、まぁ、スカウト経験者だから
呼ばれたのだわ。
で、沢登り。
小1~3年でやるものか、っていうとね……ちょっとビックリしちゃうところもあった。
それだけに、チビッコ彼女たちのがんばりには、感動したね!
弱音吐いてリタイアしちゃうコが、ひとり二人出てくるのではと思っていたのだが、なかなか
どうして、途中でつらい気持ちでいっぱいになったはずの子たちも、歯を食いしばって弱音を
はかずに最後までがんばった!
軍手の手のひら全体はもちろん、スボンもあちこちべったり泥。
それでもね。
ベソかきながらも、ダダこねて座り込む子など出なかった。
ゴールについてそれからまた別の道のりで宿舎に帰るときに、植物についてレクチャーして
もらったのだけれど、いやはや、元気元気。
草笛、酸い味のする木の葉、香りのする木など、そういうのに出会うたび、夢中になってさらに
歩く歩く。
その元気には驚かされたね。
このままずっと楽しみながらスカウト活動を続けていってほしいな――。
この達成感を、楽しい森歩きを、今度はまた新しい仲間と経験してほしいな、と。
そう、そしてね、一番うれしかったのは、そういう「成長」を実際に見られたことなのだ。
今は18歳、中1から知っている二人の子たちの成長が、なによりとくにうれしかった。
彼らとは教会学校でしかかかわらなかったのだけれども、高校を卒業して(教会学校も
卒業して)それぞれの進路を選んでいる。
教会の中ではガールスカウトの中でリーダーとしてシッカリやっている姿が、とてもうれしくて。
これは沢登りの様子が、という意味ではなくて、キャンプファイヤや集会での指示、
子どもたちに慕われている様子など、もろもろ……。
本人たちにも言ったことだけど――その「リーダーぶり」に、感動したのだ。
こういうリーダーがまた今のスカウトたちを引っ張っていってくれて、あこがれられる存在になって、
次々に新しいたのもしい未来のリーダーを育てていくんだなぁ。
自分の手柄じゃないけれど、彼女のたちの成長ぶりはとてもうれしかった。
子どもたちが大人を見て育って、大人になっていく。
その大人を見て、また子どもたちが育つ。
これは人間社会では不可欠の構図ではないかとつくづく思わされてしまう。
よくもわるくも、受け継がれていく連鎖がある。
できれば、よい循環ばかりであってほしいものだよね。
ガールスカウトだけじゃない、あらゆる「場所」で、よい循環を生みだすチャンスがある。
いつでも、それは気づいた人間からやっていかないと。
今回のキャンプは、訓練の達成感という観点よりも、そういうところでの感動があった。
見せてもらった、という感じ。
思わず顔を洗いたくなるような、そんな気持ちになった。
そういう循環を自分も作りたいと思って生きているつもりでも、ついつい忘れてしまう。
――たのもしい。
たのもしく育った18歳たち。
そして、たのもしく18歳に向かってほしい子どもたち。
これからも、それが続くように。
自動証明書発行機を導入して、ものすごーく喜ぶわけでもなく、でも便利に使っている――
という学生のほうがほとんど。
でも、そういう中で、とくに1年生なんかは、おおきく感動してくれるコもいるので、なんか
うれしくなっちゃうのだった。
今日の子は、「機械で出るなんてすごーい」で始まり、実際にキー・カシャンと用紙が排出
されてきたのを見て、さらに「わ・すごーーーーい!」。
そのおおげさではないけど、おおきな感動のしかたにほほえんじゃいました。
事務室を去り際、「どうもありがとうございましたあ!」と元気な挨拶のほか、最後に
「さようならぁ~~」って言ってくれたの。
思わずケラケラって声立てて笑ってしまったよ。
いいね。
なんか明るい気持ちになれたし――まぁ、そこまで喜んでもらえることがなくても、
それでも、なんだかうれしいもの。
ささやかな喜びであったことよ。
2006年6月3日――ハイ、かるごのお誕生日でした。
ほうぼうから、かるごのように不義理な人間に対して、たくさんの「オメデトウ」を
いただきました。
ほんとうに、ほんとうに感謝いたします。
いくつになっても、お祝いしてくださる仲間がいるっていうことが、ほんとうになにより
ありがたいことです。
出会ってくださって、ありがとう!
そう、37年目。
自分が小さな頃に考えていた37歳って、こんなか?!って笑ってしまうくらい、
幼くて自由だけれど――――奇妙に自信もって「幸せな人生です!」と叫べる
年のとり方をしてきています。
40に近いってことを考えると、すごく複雑な気分ですけれども、憧れられる37歳で
あろうと思います!
――そして、この日、とても楽しいお祝いをいただきました。
フォーラム実行委員会の仲間、我らがボス「しゃちょー」どのが、共に出席を決めて
いた「恵泉銀座センターオープニング」のあと、誕生日ランチを、と誘ってくださって
いたのです。
別に誕生日ランチでなくても、お食事を一緒にできることは十分楽しみだったのに、
な・なーーーーんと!!!
案内されたイタリアンレストランには、すでに美人未亡人みさおちゃんが!!
神戸に行っているというふーちゃんはさすがに欠席でしたけれども、もうびっくり!
隠しだまに、遅れて見習いちっひーまでが登場!
イヤハヤ、びっくりでした。
「まだオヤヂじゃない」かるごではあったけれど、両手に花(除くしゃちょー)は、なんと
うれしいものでしょう。
いや、そうじゃなくって、世間一般休日、土曜日の昼間、それぞれご予定もあるでしょうに、
(おまけにしゃちょーなんて、そのあと北海道に日帰り出張だったのに)お忙しいでしょうに、
こちらの都合に合わせていらしてくださるなんて!
びっくりでした。
そして、さらにびっくりはギフトまでいただいてしまったということ!

これは、いーのしゃちょー、参謀ふーちゃん、官房みさおちゃんからのチョイス。(↑)
以前、まやこ先生からいただいたのと同じやつだ~~~わーい。
この丸みと点目に弱いのですよ~~~~♪
たくさん集めたい~~と思っていたので、すごくうれしい♪♪♪♪♪

これは見習いちっひーのチョイス。(↑)
ホバークラフトなみの足が、肩をもんでくれるというカエルちゃんと――なぜか「着用上の注意」
というカードがついている、ビーズかえるの小銭入れ。
おもしろーい♪かわいー♪
ほんとうにありがとーーーございます!!
また、カードまで。

王冠かえるのカードは、しゃちょーと官房。
クローバーのカードは、参謀。なんと音声メッセージが吹き込まれているという――すてきな趣向。
本人はいないのだけれども、こんな形でヴォイスメッセージをいだいてしまいました♪
ありがとう!
締めのドルチェは、なんと!なんと!

みんなと同じドルチェだけど、お名前入りよん♪
そしてこちら(↓)は、「バースデーケーキ」だって。4等分していただきました♪

わーい、ごちそうさまでした~~~♪
ほんとうに、ありがとうございました♪♪♪♪
身に余るお祝いでしたけれども、心底うれしかったです。
ほかにも、たくさんのメッセージをいただきました。
グリーティングカードを送っていただいたり、思いもかけない方が覚えていてくださって
メールくださったり…………。
誕生日を覚えられない不義理なかるごまるのくせに、幸せすぎますね。。
ちなみに、夫ぎみからはワインとミニバラの花束をいただきました。
んでもって、かるごまるのわがままでモスバーガー。(変?)
夫ぎみは、アボカド山葵の匠味を食べてたよ。
かるごリクエストのレタス匠味は品切れでダメだったけれど――。
ちゃんちゃん。
でも、これはこれで、とても楽しい時間だったから(4日目のバイトくんをココロから
応援しています)――生誕祭の締めくくりにはぴったりでした♪
みなさまがた、ほんとうに、ありがとうございます。
この世に生まれてきて、ほんとうによかったデス!
神様ありがとう!――――ってクリスチャンらしくまとめておこう♪
突然、ふと気づいたのだけど、「大好き」って、意外と口にすることがないことばだ。
恋愛ではなくて、食べ物とか趣味とか嗜好ではなくて、友情の「大好き」――だよ。
人に好かれるって、幸せなこと。
だからといって、あらためて友達に言うのって、なんか気恥ずかしいかなぁ、という
感じがかるごにはある。
だから、言われることもちょっとこそばゆい。
だけど……なんでもそうだけど、言わなくても伝わるものでも、あらためて面と向かって
伝えられたら、やはりうれしいものだよね。
先日、久しぶりにそんなふうに言われることがあって、それがしかも「大好き」という
ことばだったものだから、ちょっとびっくりしてうろたえてしまった。
と、同時になんともうれしくなってしまったの。
「大好き」――かぁ。
最近友達に「大好き」って伝えたことがあったかなぁ?
おや。
かるごは、意外と「大好き」ということばは使わないでいるぞ。。。。
――などと思った次第。
大好きな、大事な仲間たちには、もっともっと「大好き」を伝えよう。
自分がもらってうれしかった「大好き」エネルギー、同じようにあげられたら
いいな、って思うから。
まずはここから――心当たりのあるみんな、受け取ってくれたまへ。
「ありがとう、大好きだよーー!!」
自分の好きな、いくつかのこと・もの。
アイルランド。
書くこと、好きなものの写真を撮ること。
チェンバロ。
本。
紅茶。
ウイスキー。
おいしいもの。
そして、なにより人に出会うこと、しゃべること――語ること。
どれも他愛のないものだけど、どれも生きるエネルギーのもと。
エネルギーの一部。
どれも、小さなきっかけからはじまったものだけど、いつのまにか
自分の中で大きな意味をもつようになっている。
あこがれていたものを身近にする、夢中になれるものに夢中になる、
好きなものを好きと主張する、夢をかたちにする………………。
そう。
いつのまにか、かるごにとって、そういうことはごくごく「あたりまえ」
のことになっている――なんでも叶う、という意味ではなく。
実現するかどうかはこの先の結果だから、わからないからね。
保証があって始められる「夢」は、意外と少ない。
単に、そういうことを願って生きていくのが、あたりまえになっている、
ということ。
芽が出るためには種がないといけない。
種はまかれなければ、芽が出るチャンスも育つチャンスもない。
だから、たとえ豊かに実らなくても、まかれなければならない、と思う。
「夢はかたちに」
ともかく、信じて動き出すこと。
動き出せる人たち。
必ず、いるんだよね。
今日の会合でもまた、そんな小さな種が渡された気がする。
渡されたというのか、まかれたというのか。
この種も、大事にしたいな。
いつからだろう。
祝ってもらうのを楽しみにする以上に、
祝ってもらえることがありがたいと思うようになったのは。
そして、
祝ってもらうことに感謝する以上に、
この世に生まれてきたことを感謝することになったのは。
自分のことだけじゃなく、ひとについても。
今日は夫ぎみの誕生日でした。
おめでと!ありがと!を感じた一日でした。
肌をほめられると、うれしいねえ。
しかも、おもしろかったなー、派遣さん。
「朝、話しているときに言おうと思ったんですけど、いやらしいおやじみたいで、言うのを
ためらったんですけどね……」
あはは。
「すごくお肌、いい感じですよね。透明感が出てきちゃって。今日はとくに」
いやーぁ、うれしかったなー♪
白を着ていたから、よけいに映えたのかもしれないけど、「負けていないですもん」って。
社交辞令がわかんないかるごは、のんきに大喜びさ♪
「(夫と)一緒に暮らすようになったから、安定して肌の調子が変わったのかと思った」と言われた
けれど――それもおおいにあると思うけれども――それだけお手入れもしていたので。
一日おきのホワイトニングパック。
いやいや、これは、ホント、仲間と一緒にがんばった甲斐があったというもの。
やっぱり、がんばってやった結果が他人認められるというのは、仕事に限らず、うれしいものだね!
うふふ。
単純なかるごは、うきうきうれしくて、残業時間も元気にがんばれちゃったよ♪
ほめてくれて、ありがとお♪
なんと、バタバタしているうちに、来週月曜日はもう新年度スタートだよ。
これまでは学生も少なかったけれど、怒涛の羊の群れのごとく、やってくるのだ。
心して備えておかなければ!
そういえば、4月中旬からは今の部署に来て3年目に入る。
心機一転、気を引き締めて仕事していきたいなぁ――などと、神妙に振り返って
いたら、ちょっとささやかに喜びを感じることがあったので、つらつら。
その1=「仕事」
少しずつちゃんと仕事を覚えてきているんだぁと。聞かないとわからないことももちろん
まだまだあるけれど、少しずつ。
カリキュラムなんてちっともアタマに入っていかないし、どうしよう・・・って始まった教務課
異動だったのに。
体力的には、慣れないうちはヘビーに感じたこともあったけれど――気持ちの上では、
とても働きやすくもある。
これはまったくもって周りの配慮による以外のなにものでもないのだけれど、おかげで
ほんとうに楽しく、充実した形でやってこられたと思っているんだよね。
新しいことを覚えられたことはうれしいし、失敗しても次はがんばるぞと張り切れることも
うれしい。
あっ、そんなのってごくごくフツウのことかな?
ともかく――――上司の方や同僚のみなさまが受け入れてくださって、忍耐強く教えて
くださっていること、あるいは育てようとしてくださっている(?)ことに、あらためて感謝
しみじみだったのだ。
その2=「学生とのかかわり」
ついこの間卒業した――しかも3年で卒業した早期卒業生の子Aさんが、ガウンを返しにきていた。
声をかけてくれて、ちょこっとおしゃべり。
そもそものきっかけは「出版」に興味があって、夏休み前だったかに友達Tさんと2人でカウンターに
たずねにきたこと。
Tさんはえほんをかきたいと思っていて、就職室からかるごを紹介されたずねてきたのだ。
そのTさんが、夏からずっとかいていたえほんができたのだという。
新学期になったらかるごに見せにたずねてくれる予定――とのこと。
楽しみだなぁ。
Tさんはまだ学生として大学にいて進級する。
Aさんとはこれから先は学生と職員じゃなくて、一人の人間同士。
実はTさんともそうだと思っているんだけれど、やっぱりどこかで完璧に一対一ではないかもね。
でも、かるごはだいたいいつも、そんな感じ。
言葉の通じるひと(ココロの言葉も通じるひと)とは、一対一の人間関係が結べると思っている。
たとえ、相手とどんな年齢差があろうとも、ね。
だからこそ、楽しみだしうれしい。
そういうふうに、向き合える人と――学生と出会うチャンスがあることが。
先日も、卒業式前にお礼を言いにきてくれた学生の話を書いたけれど……そういうことがあるのが
教育現場なんだよね。
全員とは仲良くなれるわけじゃないし、こちらも全員を覚えていられるわけじゃない。
でも、たま~にこういうことがあるんだよね。
うれしいよねえ。
学生とのかかわりにおけるささやかな喜びは、ちょっとした「ボーナス」。
彼らの記憶からは消えるかもしれないけれど、その瞬間には彼らにも喜びがあり、感謝があり、
いただけたかるごには、それがまた新たな栄養になって明日へつながるので。
また別の新しい学生と、ゆとりをもって向き合える自分になれるので。
……。
自分の夢については常日頃、疑問を呈しながらもよくよく考えることが好きなかるごろ。
大学で働くことの意味とか、思いとかについても、年度末はとくに考えるのだけれどもね。
そういうわけで(?)、次回のぶろぐは「契約更新に思う」――の予定です。
ともかく今日この3月31日は、こんなささやかな振り返りからきた喜びと、学生さんとのかかわり
からくるちょっとした楽しみなニュースのおかげで、またあらためて自分の人生を幸せだなぁと
思ったね。
好きなことをやるチャンスにもめぐまれている。
すべてにタイミングがあることを教えられてきている。
そう。
なにがあっても、かるごはラッキーな人間♪であることに違いがないのである。
やったね!
今日は卒業礼拝。
午前と午後の2回に分かれてあり。
午後、ひとりの学生がかるごを名指しで、カウンターから声をかけてきた。
だれだっけ?(だってみんなお化粧きっちりぱっちりなんだもーん)って思った瞬間に、
ちゃんと「○○です。覚えていますか」って言う。
ああ、○○さん。
覚えている。
レポート提出のことでちょっとお世話(ってほどのことじゃないが)してあげた学生さん。
そうだった。4年生だったなぁ。
結果的に、先生にはそのレポートを認めてもらえずではあったのだが、なんとか単位ギリギリで
卒業できた。
卒業判定の時にはたしかにひっかからなかったから、あんまりそのことは思い出さなかったの
だけれども。
結果報告とお礼と。
「その節はありがとうございました」って。
こうやってあらためてお礼を言ってきてくれるなんて、思いもかけないうれしいことだった。
そういうの、ほんとにうれしい。
それだけで、幸せな午後になる。
ありがとう。
そして、卒業おめでとう。
ひとは夢を語ってこそ、だと思う。
「夢」、というか「目標」というか――次に向かって顔を上げてすすむひと。
いつも、そういうひとでありたいね。
仕事であれ、なんであれ、「なぜここに自分はいるのだろう?」と考えて
すすんでいけること。
かるごのまわりは、幸いにして、そういうひとが多い。
だから、こちらもすごく豊かな気持ちになれる。
目指すものがあるとき、「夢」や「目標」を語るとき、ほんとうにみんなすてきな
顔になるでしょ。力強さを感じるでしょ。
逆に、それを喜べないとき、イライラするときは、自分が貧しいとき。
ほんとは、妬んだり目をそらしたりするよりも、自分もがんばろうって触発されたいと思う。
……なんでこんなことを突然?
っていうと、ちょっと話がずれるけど……明日の卒業式を控えてるせいかもしれない。
夫ぎみが卒業する。
明日3月7日は卒業式である。
彼と付き合うきっかけも「夢」がひとつのキーワードであったと、かるごは思っている。
とはいえ、このあたり、夫ぎみとズレがあるかもしれないから(おお、さすが週末婚、コミュニケーション
不足か?!)、まぁ、置いておくとしても――――だれにも彼にも、かるごは「夢」をもって生きてほしい!
ってココロから願ってるんだよね。生きているからには!と。
ともあれ、なんか今夜、奇妙に実感してしまった。2年はほんとうにあっという間だったよ。
……というわけで。
多くの知り合いが、ねぎらってくださる。
しかも、なぜかわたしが苦労したと思っている。
苦労…………………………。
苦労か~~~~。
苦労??
うーーーーん、あったのかなあ…………?
――――って、真実ココロからはなはだ疑問である。
かるごが鈍いからなのか、それともほんとに苦労らしい苦労がなかったのか?
どっちかっていえば、みなさまには前者だろうと思われているようだが――かるご自身は後者と
思っているんだよねえ。
だって、この2年間は自分にとっても「修行期間」だったから。
いや、もちろん、仕事の面ではまだまだまだまだ「修行中」。
ご迷惑もいっぱいかけている。
ただ、ものすごーく恵まれた環境で、チャンスを与えてもらっていることはたしかだし、手ごたえや
実感が得られること、そしていくらかは認めていただけていることがうれしい。
それがいつか、「自分がこの場所で働く上でもち続けている願い」として、かなっていくこと――
これはまたひとつの目標でもある。
とまぁ、そんな具合であまり未来を見据えて、という体系的な仕事はしていない日々ではあった
けれども、がんばってきて終わった日々の積み重ねであったなぁ、と。
だからこそ、自分も自分のことに夢中だったから、あんまり彼のためには苦労していないなぁ~
って思うのだよね。
ただ、彼が夢や目標を語り続けられる人間であってほしいと願っていることは事実だし、自分
自身もいつも・いつまでも、夢を捨てない人間でありたい。
ひとつの達成感はたしかにある。
それは彼を支えてきた自負というよりも、ひとつ目標を捨てずにお互いがんばってこられたこと、
に対してだろう。
かるご自身も支えられて「かるごはかるご自身らしく生き続けていたいのだ」という思いを持ち
続けられてきた。
ほんとうに恵まれていた2年間であったと感謝がいっぱいなんだよねえ。
もしかしたら、そんなかるごだったから、(あったとは到底信じられないが)苦労を見過ごせてきた
のかもしれない。
あとは、週末婚という生活で、教会を中心に動いていたということも、大きかった。
同じトピックで(われわれに共通なのは、それくらいしかない)対話できる時間があったということね。
ともかく。
自分にとって一番怖いものは、「ココロの貧しさ」だから。
その細く鋭い怖れが、時々トゲとなって目を覚まさせてくれたとも思う。
これから先、彼はまた自分の大きな夢・目標に向かって進んでいくわけで、かるごはかるごで
そういう彼のお役にも立ちたいのはもちろんだが、やはり自分も夢・目標を語りつづけていきたいよ。
生きることに真剣に、一生懸命でありつづけたいよ。
あらたに、そういう二人でありたいと思わされているゆうべだったりする。
(おっ、なかなかにマジメ妻じゃないか~)
しかも!
おせっかいながら、この世の中、自分の目標を語り、一生懸命に生きるひとたちだらけになるように、
とココロから願っているのであーる。
ひとは夢を語ってこそ。
生きる意味をそこに見出してこそ。
一生懸命、生きられる。
がんばろう!
2月22日、入籍結婚記念日。
――ってことで、自分たちにおめでとう。
ふつう、うちの教会の慣例から言えば、結婚式前に入籍しない。
でも、付き合い始めた記念日であったからさ~~~。
……――まぁ、4月から学生になる彼を扶養者にする手続きをスムーズに
するという名目のもと、先に入籍したわけでした。
ほんと書類上のことだけだったけど、既婚者になったわけだけど、届けたのが日曜日だったし、
実感薄かったなあ。
ま、しかし、かるごの感覚からいえば、入籍結婚記念日というよりも、付き合い始めた記念日だな。
結婚してからは2年。付き合ってから3年経ったんだなあ。
ホント、まだまだひよっこですな(笑)。
幼馴染のなみちゃん、無事女の子出産♪
おめでとう!
母が21日の夕方電話をくれた。なにがあったのかとドキドキして折り返したけど――
最近は葬儀連絡が多かったからさ――なみちゃんのことだった。
いやー、ホッ。
ヨカッタヨカッタ・予定日どおり。(計画出産とやらだそうな)
自分が子どもを産むだろうことを想像するのは恐れに近いものがあるが……
他人のことはなんだか安心するというか、うれしいというか、である。
ほんとうに、おめでとう!!
おお。
ちょうど去年の今頃、ぶろぐを教えてもらったんだった。
自分のドメインでただで使える範囲の、これ。
本家のサイトは6年が過ぎていました。1月25日に。。。。
でも、これはちょうど今日が初投稿だったんだねえ。へぇ。
ワレナガラ、オメデトウ。
実は、教えてもらって始めてみたものの、当初はなにを書いて
いいかもわからず、活用できず。
だからデザインも何も、よそさまのものに比べてはシンプルすぎるであろう。。
見づらい点も多々あろう。。。
が、まぁ、なんかデザインを考えるのは、もうちょっと後かも。
一年経った今も活用できているかどうかといえば、できていない……ってことに
なるわけだけどね。
それでも、7月にPCを修理にだして、いつもの「かるごわーるど」を更新できない間は
たいそう役立ち――そして、自分らしい使い方を考えるきっかけになり。
それからは、ずいぶんと使い分けをして書くようになったなぁと思う。
自分にとっての日々の記録は、やはり「かるごのつぶやき」コーナーで――こちらは
どちらかといえば、本家のほうでやってた「どうでもいい話」ページに通じるようなトピック
ばかりだね――それよりも、もっとライブというか。
思いついたときに、ぐあぁっと書いちゃってるのがぶろぐ。
少しろ過されて出てくるのが、「わーるど」の中のコンテンツかな。。。。
ただ書くことの喜びは、どちらにもあり――どちらにも、自分らしさはあるなぁ、
と自負はしている。(たいした自負じゃないって?あはは)
おもしろいなあ、って少しずつ世界が広がっていくよ。
ともあれ、2年目も、また、あちこちに足跡というか手形というか、つくっていくぞ!
先日、大学でピアスを片方なくしたの。
単にひっかけるだけの、フック式のピアス。
丈が長いので、マフラーなんかに引っかかってしまったらなくしそうだ……と思って、
絡みにくい、重いものを選んだのに。
アイルランドのやつで、見つからなかったら困るなあ……ってココロを炒めて、おっと痛めて
おったのだ。
昼に、携帯に電話がかかってきたので、そのせいかなーと思って、歩いたと記憶する通路や
廊下を目を凝らして探してみたり。
でも、でも、見つからなかったの。
かなり気落ちをして――でも、いつかは見つかるはず、と勝手な信念だけをもち……。
そしたら昨日。
昨日ですよ。
クリスマス。
かばんの中からふっとあらわれたのだ。
…………?!
一瞬考え込んだ後、「ええええええええ?!」とおもわずひっつかんでしまった。
まさに、狐につままれたような気分。
だって。
だって。
いつからそこにあったというのだろう????
あんなに何度も探していたと思ったのに……よりによってバッグ?
そもそも、どうやって転がり込んだのだろうか?
いやいや待てよ。
片方のピアスは、大学においてきたと思っていたが、もしかすると、そうではなくて
持ち帰るつもりで入れてあるやつかも。
――そうよ。
実家でよくあったんだよね
洗濯でとりこむときにバラバラになった靴下を探すとき、最初に見つかったやつをよけておいた
つもりが、なぜかまたそいつを見つけてそろったと喜ぶものの、実際はよけたつもりであった
靴下で、結局見つかっていない、ということが。
こいつもひょっとしたらそれと同じ、ぬか喜びかもしれんぞ……月曜に行ってたしかめてから
あらためて喜ぼう。
そう思ったんだけどね・・・・ちゃんとカタワレは大学に控えていて、バッグで見つかったカタワレは
めでたく「失せていたヤツ」と証明されたのだった。
うれしーい♪
ひょっとしたら、アイルランドからイタズラ妖精が来日していたのでは???とも思う。
いずれにせよ、思いがけない安堵。
以上、失せもの現る、の巻デシタ。
だれかのおかげで今がある――というのは、ほんとうにうれしいことだなぁ。
たなぼた・いもづる・どんぶり勘定、というのが、かるごの人生のキーワードだけど、
ほんとうに。
出会った人はすべて、なんらかの「ポイント」なんだ。
とくに高校生以降、そういうことを強く意識するようになったかも。
突破口、というとおおげさだけど、その一人の友達のおかげで、人間関係が
広がった――ということが多いんだなぁ。
もちろん、その「一人」に出会えたのには、やはりだれかのおかげであるのだが。
高校時代は「かず」のおかげで、大学時代は「げこちゃん」のおかげで、お友達が
広がったし。
小・中学生時代の「ゆき」や中学時代の「よっこ」のおかげで、十数年ぶりに
お友達が広がったりもする。
「師匠どの」のおかげで、不特定多数の世界へちょこっと足を踏み入れることに
なり、わーるどが広がった。
「Naoさん」(ああ、最近ごぶさたしていて失礼してます)と出会ったり、
「Nardyさん」と出会って「へべ会」に発展したり。
不思議ねえ。
大学のゼミの先生から、「まやこ先生」につながったり――そこから職を得ることに
なったり。
母校でありながら、よそよそしく(?)働いていたかるごであったのに、「どらの子」の
おかげで、これまた友人関係が広がって、おかげで今仕事にありつけているのだ、
ともいえる・・・・。
職場では特段、“友人”とか“仲間”なんて不要なのかもしれないけれど――適当に
おしゃべりできる程度の“同僚”でいいのかもしれないけど――かるごは、あんまり
そう思ってなかったみたい。
たぶん、ノウテンキだから、非社会的かもしれないけれど、楽しく仕事をしたいのよ。
だから、そこはまず人間関係なんだよね。
どんなにがんばっても、気まずい相手っていうのもあるけれど――でも、基本的な
姿勢としては、それだなあ。
で、おかげさまで、ありがたいことに、かるごのまわりには、単純に信頼を寄せることが
できたり、お友達になりたいなと思えたりするひとが多いんだ。
なんてラッキーなわが人生。
そう。
どらの子と、やくもで久しぶりにおしゃべりして――昔彼女が同じ職場にいた頃みたいな
雰囲気さながらに笑って、ぐるぐるっと走馬灯のように、いろんな場面が思い出された。
ありがたいつながりだなぁ、ってつくづく、しみじみ感じたよ。
今は同じ職場にいなくても、たとえどれだけ会わない時間が長くても、つながって
いられる人。
それが、ポイントの人、なんだと思う。
なんとなく、うれしい♪
…………相変わらずのうてんきかるごの喜びごろごろとーくでした。